(そのため、方角もわからず逃げ場を失って死んだものが無数だろうとのこと。)それで手拭で片目を繃帯し、川の水をあびあびやっときりぬけて、巣鴨の方の寺に行った。
 荷もつに火がつくので水をかける、そのあまりをかい出すもの、舟をこぐもの分業で命からがらにげ出したのだ。

 吉田さんの話。
 Miss Wells と、日本銀行に居た。これからお金を貰おうとしたとき地なりがしたので吉田さんはああ地震と云うなり、広場にとび出してしまった。Miss Wells はついて来るものと思って。見ると三越がゆれて居る。自動車は、広場のペーブメントで二三尺も彼方此方ずれて居る。もう死ぬものと覚悟したら少しは度胸が据ったので、三越の窓を見ると、売場ふだをかけてあるのがまるでころころ swing して居、番頭が、模様を気づかってだろう、窓から首を出したり引込めたりして居る、そうかと思うと、夫婦でしっかり抱きあって居るのもあれば、又、どの道、身じんまくをちゃんとして、と云う風に、着物をちゃんときなおして居る番頭も居る。
「どうでしょう、大丈夫ですか」と傍の男にきくと、
「私は下がわれると大変だと思って、地面ばかり見て居ます」と云う。
 気がついて見ると Miss Wells が居ないので、堂々めぐりをして見ると Miss Wells は、玄関のところに立って居る。
 内の方が安全だと云うので入り二度目の地震が来るまでに金をうけとり、Miss Wは銀座をぬけようと云うのに反対して、呉服橋から丸の内に出ると、内外ビルディングが丁度つぶれ、負傷した男が血まみれで、逃げようかどうしようかと、救を求めて居る。
 もうその為電車はきかないので歩いてかえり始めると、警視庁の裏、青山の方、神田の方、もう一つ遠い方で火が見える。
 その夜は空が火事のあかりで、昼間のようでゴーゴーと云う物凄い焔の音がした。
 着物をきかえるどころではなく夜は外でたべ、ねむり八日に始めて二階に眠ろうとする。
 ミスWは、Mrs. ベルリナに地震のサイコロジーを知りたいからそのつもりで居て呉れと云われたことが頭にあるので、先ず始めは落付き、傍の人や動作を観察し、すっかり心に覚え込み、先ずこれでよしと思ったら急にこわくなり膝がガタガタに震え出した由。

 父上の経験
 その日は一日事務所に行かず。丁度地震の三十分ほど前内外ビルディングに居、人に会うために、ヤマトと云うレストランの地下室で電話帳を見て居た。ところへひどくゆれて来、ガチャガチャ器具のこわれる音がする。父上は、多分客や Waiter があわてて皿や何かをこわしたのだろうと思うと二度目のがかなりつよく来た。これは少しあぶないと、地平[#「平」に「ママ」の注記]室の天井を注目した。クラックが行くと一大事逃げなければならないと思ったのだ。ピリリともしないので、少し落付いたら、食事をする気で居ると、何ともそとのさわぎがひどいので出て見て驚いた。早速、郵船を見ると、どうもガタガタに外がいたんで居るし、内外はピシャンコになって居るし、もう警視庁うらに火が出たし、あぶないと思って、事ム所を裏から大丈夫と知り東京ステーションで Taxi をやとおうとするともう一台もない。しかたがないので、本郷座のよこに来ると今客を降したばかりの白札のに会う。のせろ、いやだめです、かえらなければならない。そう云わずに行けと押問答をして居ると彼方側からも一人駒込に行くからのせろと云う。それでは二人で行きましょうとやっと家にかえった。
 かえって見ると、おばあさん二人は竹やぶににげ、英男が土蔵にものを運び込んで、目ぬりまでし、曲って大扉のしまらないのに困って居た。
 井戸に、瀬戸ものをつるしまでし。なかなか十五六の男の子としては大出来の功績をあげた。
 二日
 事ム所まで行って(勿論歩いて)見ると、三崎町辺、呉服橋ぎわ、その他に人間の死体がつみかさね、やけのこりのトタン板をかぶせてある。なるたけ見ないようにして行く。二人の老婆をどうして逃そうかと、松坂屋に火のついたとき、心配此上なかった。

 さいやの経験
 地震のとき、自分の三畳に居、はっとして、窓から戸外にとび出し門を出て気が遠くなった。近所の男にブランデーを貰って気がつき、それからは却って平気になって夜でも、明りのない蚊帳の中で目を醒して居る。弟が、ひどく心臓をわるくし、本所の奉公先から、浅草猿若町の医院に入院して居た。それを赤羽まで書生が背負って行ってくれ、あと兄が福島から来、三日、のまず、食わずでたずねた揚句、やっと見つけて、北千住につれて行った。よく助ったものなり。さい、十二日朝カンづめ類を背負い出かける、前晩も眠らず。

 大瀧全焼して、林町に一族で避難して来る。

 ○大学、化学実験室辺から火を発したらしい
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