ると、場内が俄にザワザワ、ガサガサいう音響に充たされて、畑陸相の開口を暫らく制する有様である。上から見下すと、只一様に白紙のように議席に置かれていたのは、参考地図であった。米内首相は降壇のときわざわざケースに納めて戻って来た眼鏡をまたかけて、地図をひろげたが、隣の桜内蔵相は、拡げる場所が狭苦しいのか、体を捩って首相のを覗き込んだ。その報告は拍手を浴びたが、畑陸相の声はなかなかききとり難い。武田信玄が万軍を動かした音吐の見事さは歴史にも語られているが、現代の将軍にその必要もないと見えて議席のあちこちから盛んに、もっと大きい声で願いまアす、聴えませんという声がかかる。聴えないぞ、といういいかたのはないところに、今日の時代の何ものかが語られているのだろう。ラジオを大きくしろ、ラジオを! とせき込んだ年よりの声もする。
吉田海軍大臣の声も、華やかなところはないが、聞きなれて来ると不明瞭ではなかった。
質問に入って、小川郷太郎氏が、経済問題を中心に熱弁を振った。特徴のある声の抑揚のつけかた、区切りかた、いかにも議員らしさの満ちた演説ぶりである。型にはまった抑揚でも、今日の社会生活の面にふれて
前へ
次へ
全15ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング