饉地方から出て来た娘さんの一人が、或る義侠心にとんだ若い大工さんの嫁に貰われ、幸福な新世帯をもったという記事が出た。丈夫そうに白い歯並をニコニコと見せ、股引に小肥りの膝をつつんで坐っている若い大工さんと一つ火鉢にさし向いに坐った花嫁さんが、さも恥しげに重い島田をうつぶしている姿を撮影した写真は、何十万人かの新聞読者の口元を思わずほころばせたであろうと思う。私は、この若い大工さん夫婦の姿に暖い優しい情愛を感じたのであったが、この実に万ガ[#「ガ」は小書き]一の好運にめぐりあった娘さんの身上は、更に何千人か飢えた田舎から東京に出ている娘さんの心に、どんなにか謂わば当のない期待を抱かせたであろうか、と思った。島田髷の写真は初々しく愛らしいけれども、都会の荒い生活で大工の女房として、やがて幾人かの子供の母親として闘ってゆくこの娘さんの生涯は、この写真の中にうつしとられたままのものではありえないのである。
 新宿の遊廓でたった一晩来た外国人に身代金を出して貰い自由の身になった娘さんのことも新聞に出て、身の上話が雑誌に出たりしているが、売られた娘の間でこの話は、どんな風に話し合われているであろうか。
 私は、そういうめずらしい機会にめぐり合った娘さんたちの身の上を心からよろこぶのである。けれども、その極めて稀れな一つ二つの実例さえ、何千人かの文字さえ自由によめぬ若い娘さん達にとって、忍ぶべからざる境遇を忍ぶよすがに役立てられている場合もあろうと、或る憤りを感じるのである。[#地付き]〔一九三五年二月〕



底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年7月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
   1952(昭和27)年8月発行
初出:「文化集団」
   1935(昭和10)年2月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
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