窓からの風景(六月――)
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#感嘆符二つ、1−8−75]
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晴
○しっかりした面白味のある幹に密生して いかにも勁そうな細かい銀杏の若葉。
○その窓からはいろいろな色と形との新緑の梢が見わたせた。
その奥で普請がやられている
金づちの音や木をひく音は朝から夕方まで響いた。屋根をくまれたりする新しい木の色は新緑と照り合って互にすがすがしさを増す眺望である。
○遠くの空にはあっちに一つ、こっちに一本クレーンがある。
千駄木小学校と郵便局の立つの
林町にクレーン※[#感嘆符二つ、1−8−75]
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〔欄外に〕
○八つ手、
○食べたいような柔かい柿の木の若葉
○房々とした楓、
或楓の赤い実
○高い青空をはいて靡いている(東北の風に)さいかちの古い飾羽根のような梢。
[#ここで字下げ終わり]
五月二十日 雨もよいの湿っぽい午後 五時前
曇天の下に目の前の新緑はぼさぼさと見えた。
大工の働いている新築の工事場で 全体の光景がいつもより手近に見え しめりをふくんで/しめっぽく[#「しめりをふくんで」と「しめっぽく」は2列に並ぶ] 新しい木の匂い、おがくず、かんなくずの匂が漂って来た。
○濃い新緑の間からトタン板が水っぽく光った。
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〔欄外に〕
遠いクレーンの頂上に一枚むしろだかズックの袋だかがとりつけられ、更に遠い空には薄あかい光をふくんだ灰色の雲の大きいかたまりがある、
[#ここで字下げ終わり]
○どういうわけか そこの雨戸の一番下の棧のところに特別ひどく泥がたまっていた。
そこを念を入れてふいた。
○そこの手すりは北向なので冬じゅうひどい風や雪にいためつけられていた。何年もそういう風なまま放っておかれた。そこを○子は拭き その上につやふきんをかけ そして 腰をおろして 変っていく隣家の庭の様子を見下すのであった。
雨の日の正午
となりの工事場が全くひっそりして。
雀の声、チュ チュ 雨はやんでいる
正午のサイレンがなったと思うと
珍しく どこかで寺の鐘の音が二つした
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