ていたのだろう。
 ところが、貨車はどんどんやって来、もうその下をもぐって往来しかねるようになったので、この新しい木橋がつくられた。――
 新らしい陸橋はここで見たのがはじめてではなかった。どっか手前でもう二つばかり見た。

 十一月五日。
 あたりはまだ暗い。洗面所の電燈の下で顔を洗ってたら戸をガタガタやって、
 ――もう二十分でウラジヴォストクです!
 車掌がふれて歩いた。
 Y、寝すごすといけないというので、昨夜はほとんど着たまま横になった。上の寝台から下りて来ながら、
 ――いやに寒いな!
 いかにも寒そうな声で云った。
 ――まだ早いからよ、寝もたりないしね。
 いくらか亢奮もしているのだ。車室には電燈がつけてある。外をのぞいたら、日の出まえの暗さだ、星が見えた。遠くで街の灯がかがやいている。
 永い間徐行し、シグナルの赤や緑の色が見える構内で一度とまり、そろそろ列車はウラジヴォストクのプラットフォームへ入った。空の荷物運搬車が凍ったコンクリートの上にある。二人か三人の駅員が、眠げにカンテラをふって歩いて来た。
 ――誰も出てない?
 ――出てない。
 荷物を出す番になって赤帽がまるで少ない。みんな順ぐりだ。人気ないプラットフォームの上に立って車掌がおろした荷物の番をしている。足の先に覚えがなくなった。
 ――寒いですね。
 猟銃を肩にかけて皮帽子をかぶった男が、やっぱり荷物の山の前に立って、足ぶみしながら云った。
 ――ここは風がきついから寒いんです。
 やっと赤帽をつかまえ、少しずつ運んで貨物置場みたいなところへ行った。
 ――どこへ行くんですか?
 ――日本の汽船へのるんだけれども、波止場は? あなた運んでは呉れないのか?
 麻の大前垂をかけ、ニッケルの番号札を胸に下げて爺の赤帽は、ぼんやりした口調で、
 ――波止場へは別だよ。
と答えた。
 ――遠い? ここから。
 ――相当……
 馬車を見つけなければならないのだそうだ。
 ――ここに待ってて! いい?
 Y、赤帽つれてどっかへ去った。十分もして赤帽だけが戻って来た。最後の荷物を運ぶのについてったら、駅の正面に驢馬みたいな満州馬にひかせた支那人の荷馬車が止ってて、我々の荷物はその上につまれている。
 支那人の馬車ひきは珍しく、三年前通ったハルビンの景色を思い出させた。三年の間に支那も変った。支那は
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