場・暁《コルホーズ・ザリヤー》が、つい附近の富農の多い村と対抗しつつどんな困難のうちに組織されたか、どんな人間が、どんなやり方で――うすのろの羊飼ワーシカさえどんな熱情で耕作用トラクターを動かそうとしたか、そこには集団農場を支持するかせぬかから夫婦わかれもある農村の「十月」を、飾らない、主観を混ぜない筆致で短かいいくつかの話に書いてある。
 新しい力が、古い根づよいものによって決められ、しかしついにはいつか新しい力が農村の旧習を修正してゆく現実の有様を描いてある。こういう本は字引がいらない。

 十一月三日。
 時計がまた一時間進んだ。すっかり極東時間――日本と同じ時間になった。モスクワでは、時々夜おそくなるまで何かしていてふと思い出し、
 ――今日本何時頃だろ。
 ――今――二時だね、じゃ九時だ朝の。もう学校がはじまってる――
 そんなことを話し合った。
 だがこのウラジヴォストク直通列車は、二十何時間かもうおくれたのである。本当は今夜ウラジヴォストクについている筈だったのに、恐らく明日の夜までかかるだろう。十日も汽車にのると、半日や一日おくれるぐらい何とも思わない。みんなが呑気になる。そして、段々旅行の終りになったことをたのしんでいる。
 ――これでウラジヴォストクまでにもう何時間おくれるだろうね。
 ――五時間は少くともおくれるね。
 ――まあいいや、どうせウラジヴォストクより先へこの汽車は行きっこないんだ。
 廊下で誰か男が二人しゃべっている。
 東へ来たらしい景色である。樹にとまっている雪がふっくり柔かくふくらんでいる。
 夜食堂車にいたら、四人並びのテーブルの隣りへ坐った男が、パリパリ高い音を立てて焼クロパートカ(野鳥の一種)をたべながら、ちょいと指をなめて、
 ――シベリアにはもう雪がありましたか?
と自分にきいた。ほんとに! 沿海州を走っているのだ。
 食堂車内は今夜賑やかだった。ずっとモスクワから乗りつづけて来たものは長い旅行が明日は終ろうとする前夜の軽い亢奮で。新しく今日乗り込んで来た連中は、列車ではじめての夕飯をたべながら。――(汽車の食堂は普通の食堂《ストロー※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]ヤ》より御馳走だ。)シベリアに雪はあるかと訊いた男が通路のむこう側のテーブルでやっぱりクロパートカをたべている伴れの眼鏡に話しかけた。
 ――ど
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