いには全く聴えなくなってしまった。胸のどこかが引きはがされるような感じが苦しくしめつけるのであった。
 私たちの周囲に見る女の生活、あるいは女が社会から求められているものの内容や質も、こういう刻々の感情をはらみながら、その一年間に何と急速に推移して来たことだろう。日本の女性の真実は、家庭にあってのよい妻、よい母としての姿にあるとして、丸髷、紋付姿がそのシンボルのようにいわれていたのは、つい今年の初め頃のことであった。そこで描かれていた女の理想は、あくまで良人の背後のもの、子供のかげの守り、として家庭の敷居内での存在であった。
 ところが夏前後から、街頭に千人針をする女の姿が現れはじめた。良人を思い、子を思う妻と母との熱誠が、変化した社会の事情の勢につれて、街頭にあふれ出た。この時はもう優美な日本女性のシンボルであった丸髷はエプロン姿にその象徴をゆずった。
 エプロン姿は幾旬日かの間に、良人にかわって一家の経営をひきついで行かなければならなくなった主婦たちの感情を反映するようになり、この多岐な一年の終りの近づいた今日では、女に要求されている銃後の力の内容は、明瞭に一家の経営の範囲を超えた
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