生かかって芸術化した世界は、これほどどっさりあるのに、こんな小さい自分の人生であっても、やっぱりほかの誰にもかかれていず、自分しか書けないことがあるのだ、という発見こそ、その人を謙遜な勇気にふるいたたせ、人生の豊富さと人間社会の歴史の貴重さに感動させる。歴史が前進しないものなら、過去の天才は文学のテーマをかきつくしてしまえたろう。その人が自分の社会的・階級的人生を発見したからこそ、そこにおこるすべてのことの人間らしい美醜、悲喜の歴史的意味を知り、自分をもある時代の階級的人間の一典型として、客観的に描き出してゆく歓喜を理解するのである。
 わたしたちの人生と文学の偶然はこうして、偶然から意味ふかい必然に移ってゆく。リアリズムは、人間の生きる社会とその階級の歴史と個人の複雑な発展の諸関係を、社会の歴史と個人の諸要因の綜合的な動きそのものの中で現実的に掴もうとする本質によって、文学の最も強固な手法である。リアリズムが人間の芸術表現にとって大地のような性質だということは、すべての架空な物語、幻想をとりあげてしらべてみるとわかる。どんな虚構、どんな作為のファンタジーにしても、それが文学として実在し、読者の心に実在感をもってうけいれられるためには、力をつくして、そのファンタジーや、ディフォーメーションにそのものとしての現実性を与えることに努力しているのである。
[#地付き]〔一九四八年三月〕



底本:「宮本百合子全集 第十三巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年11月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十一巻」河出書房
   1952(昭和27)年5月発行
初出:「勤労者文学」創刊号
   1948(昭和23)年3月
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年4月23日作成
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