ついた植民地的収奪の生活にうんざりしているその気持が、新聞記事の調子を通して、組合だの、前衛組織だのへ向って流されてゆく。めいめいの現実につながった人民的な事件であるそれらの事柄さえも「また例の」と社会面的[#「社会面的」に傍点]に、皮相的にみられる習慣をつけられてゆく。毎日の新聞記事をそっくりそのまま信じないまま、冷淡になってゆく心理の習慣、社会的な感情を生活の疲労とともに無反応、無批判にみちびいてゆく手段。これこそファシズムの社会心理学第一章です。軍部の「怪文書」が乱れとんで、出所も正体もわからないまま、五・一五、二・二六と人心をかきみだして行って、遂に、無判断無批判にならされた人民を破滅的な戦争に追いこんで行ったいきさつは、こんにちあらわれる二・二六実記と称するものをよんでさえ、よくうかがえます。しかも、きょうのファシズムは、それらの手段を、必ず左からまわってやっているのです。民主主義を守るという口実でやるのです。ナチスも左からまわったし、ムソリーニも左からまわりました。いずれも、人民を裏切って。
「おくれた大衆」という言葉は、前衛的な人たちによってしばしば使われていますけれども、私はいつも一種の感じをもってきいているのです。わたしたちの家庭のなかに、あるときはわたしたち自身のなかに、「おくれた大衆」はいないのかしらと思って。戦争中は少尉や中尉で、はためにいい気持そうに威張って何年も軍隊生活にいた人が、きょうは民主陣営の先頭に立って、同じように何の疑問もなく「おくれた大衆」という。それはどういう日本の特徴なのだろうかと思って。
進歩性の問題は、ツルゲーネフが「父と子」という小説に書いた時代からすすんで、こんにちではどこの国でも、一九二〇年代の終りから三〇年代にかけての日本にみられたような、世代の分裂、親と子の離反としてだけに止っていない。親と子、世代と世代とが、マルクシズムに対する観念上の対立というようなもので固まってしまうことができないほど、生活問題がじかに迫っているわけです。人民の統一戦線は、うちのなかまで入って来ています。だから若い進歩的な人々は、ただ親を――古い時代を論破するという段階からはずっと進みでているわけで、休暇中に国へ帰っている学生たちの仕事は、その土地での生活擁護のいろいろな活動に入っていって、実際に土地の住民としての親が苦しんでいる問題を解決するために協力するのが自然だと思います。土地の進歩的な青年たちと文化運動に参加することも必要だし、――すねかじりをしていられる学生は男女とも非常に少いのですから、学生はもとのように「大きい息子」「大きい娘」というだけではない、ちゃんとした社会人なのです。
三 文化戦線の問題
花山信勝の「平和の発見」や、永井隆の「ロザリオの鎖」「長崎の鐘」などがさき頃のベスト・セラーズでした。日配の統計の純文学では「細雪」が第一位です。わたしたちはここでもやっぱり客観的でなくてはいけないと思います。前に、日本の新しいファシズムの一つの現れとして、ルポルタージュに名をかりた戦記もの、秘史に名をかりた皇道主義軍国主義の合理化的宣伝の出版物が急にましてきていることにふれましたが、日本の人民的な文化の下地というものは、実に中国や昔のロシヤとちがうのです。中国も、帝政時代のロシヤも、人民の文化水準は全く低くて、文盲率が非常に高くありました。中国では、日本の侵略に抵抗して、「抗戦救国」というスローガンがあらゆるへんぴな村々の壁にはられました。そして村人たちはゲリラを闘い日本軍の惨虐に耐えました。字のよめなかったこれらの中国の人民が、第一に知った字が「抗戦救国」であり、改革された土地に対する新しい自分たちの権利について署名したのが、自分の姓名のかきはじめだというような事情は、ロシヤの人民が文盲撲滅運動でピオニェールからアルファベットをおそわった頃、まずおぼえたのが、「ソヴェト」という字であったことと同じような、新鮮な人民的階級文化の下地でした――もちろん古い迷信や習慣というものは一朝一夕に消えてしまわないにしろ。
日本ではこの事情が根本からちがいます。レールの幅は狭軌で能率のわるい鉄道ながら、ともかく日本には明治以来鉄道が普及しているし、それと同じに天皇制軍国主義的国民教育というものが、明治以来全国にしみとおっています。これは、封建的な主従関係での忠義の感情にいきなりむすびついて「奉公」の感覚を養成する教育でした。この場合の「奉公」は、公《おおやけ》の一存在としての人民生活、市民生活への奉仕という近代民主主義の要素とはちがったものです。「公僕」という言葉が、民主日本になったからいわれはじめたけれど、その「公」というものが実感の中で「公のものである人民」として感覚されて
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