きった一人の作家が、いままた将来に期するというとき、戦争についてのこのような考えかた、感じかたは、まだ日本に海のなかの氷山のようにそのかくれた底を大きく存在させているということの証左である。石川達三の表現はその日本の氷山の小さいいただきのひらめきにすぎない。そのかげに、世界平和の裂けめをうかがい、日本人民の平和と民主化の裂けめをうかがっている少くない人々が存在していることは明白である。
 二十五名の侵略戦争謀議者たちが、その心境を書いたという色紙の文句が新聞につたえられた。「公明日月の如し」とか、「我が身命を愛さず唯惜しむ無上道」とか、「得意淡然失意泰然」とかいう辞句は時利あらず、いかような羽目にたちいたろうともわがこころに愧《は》じるところなく、確信ゆるがずという文句である。「あら尊と音なく散りし桜花」という東條英機の芭蕉もじりの発句には、彼の変ることない英雄首領のジェスチュアがうかがわれる。二十五種類の辞句のうちに、ただの一枚も、こころから日本の未来によびかけて、その平和と平安のために美しい、現実的な祝福をあたえたものがない。このことについて、わたしたちは感じるところがないだろうか。これらの人々のような立場になったとき、こういう感懐を書くのは日本の伝統的風格であるという意見もあろう。そういう見解にたっていうならば、またおのずからつぎの事実が理解されてくる。こんにち、色紙の辞句にあらわれたような観念的でまた独善的な、いわば神がかりの主観にたって、これらの人々は世界の現実をあやまり、戦争を狩りたて、わたしたち全日本人民の生活を破滅させたのだという事実が、いっそうあからさまに示されていることなのである。
 侵略戦争謀議者たちにたいする判決の結果について、減刑運動が許されている。きのうのNHKは、警視庁の役人をマイクに立たせて、減刑運動をとりしまる規則はないし、減刑運動の背後にある思想も言論の自由の立場からとりしまることができない。減刑運動は全国的にひろがってゆく模様だが、国民の冷静な判断にまつよりしかたがない、という意味を話させた。これはみかたによっては、減刑運動を一つのファシズム示威に応用しようとかまえている人々への無取締り通告である。その背後にある思想というのは、五・一五事件、二・二六事件と、暴力で侵略戦争遂行の可能な軍部独裁にまで推進させてきた超国家主義、軍国主
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