には巨大な意力が求められる。実現の方法、その可能の発見のためには、沈着な現実の観察と洞察とがいるが、それはやっぱり目の先三寸の態度では不可能なのである。
 例えばこの頃の私たちの生活は、木炭のことについても、さまざまの新しい経験をしつつある。昔流にいえば、まだ一家の主婦でない若い女のひとはそんなことには娘時代の呑気《のんき》さでうっかり過したかもしれないが、今日は、主婦でない女のひとも、やはりこのことには社会の現象として注意をひかれているのが実際であろう。古い女らしさに従えば、うまくやりくりして家じゅうに寒い目をさせず、しかも巧になるたけやすい炭をどっさり見つけて来る手柄に止っていたであろう。将来の女らしさは、そういう狭い個人的な即物的解決の機敏さだけでは、決して追っつかない。子供たちに炭のないわけを公平に納得させてやれるだけの社会についての知識と、そういう寒さをも何かと凌ぎよくしてやるだけのひろい科学的な工夫のできる心、歴史の時期としてユーモアと希望と洞察とでその事態を判断し得る心、そういうものが、女らしさの日常の要素として加って来る。そして、日常の諸現象について、妙に精神化の流行することについても冷静に見てゆく女のぱっちりと澄んだ眼が求められているのではないだろうか。それらのどれもが、近づいて見れば、いわゆる女らしさから何と大きい幅で踏み出して来ていることであろう。
 刻々と揉む歴史の濤頭は荒くて、ふるい女らしさの小舟はすでに難破していると思う。私たちは、近代の科学で設計され、動的で、快活で、真情に富んだ雄々しい明日の船出を準備しなければならないのだと思う。[#地付き]〔一九四〇年二月〕



底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年7月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
   1952(昭和27)年8月発行
初出:「婦人画報」
   1940(昭和15)年2月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
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