が、吉村はずっと太っ腹だろうな。大損をしてハッハッハッと笑うのは、吉村でなけりゃあ出来ない芸当だろうな」
さよは、詰らなそうに良人を見た。彼女は諦めきれない風でつけ足した。
「私の云った要点とまるで違ってよ、それは」
「だって彼奴の性格はそうだよ。事実だから仕様がない」
さよは黙り込んだ。彼女は何ともいえない物足りなさと淋しさとを感じた。せっかく一心に矢を射いても、いざというところで的がくらりと斜かいになり、徒に流れ矢となって落ちてしまう。さよは、せめてかっちり、要点だけは受けとめて欲しかった。返事は間違ってもよいから「お前のことだからこうでも思っただろう」というところから発足しなければ、焦点が合わないということ位、鋭く感じて欲しかった。
「この空虚な喰い違いを、何とも感じないのだろうか!」さよは、心の裏に寒さを覚えながら、愕き慍って良人の顔を見なおした。
最初は、相当愛嬌をもって始められた当てっこ、さよの云う心の跋渉は、時が経つにつれ、次第に感情の複雑さを増した。同時に、幾分残酷なものにもなって来た。彼女は、これ迄、好い人というぼんやりした一つの型にはめて安心していた良人の性格を、自然細かに調べる機会を与えられた。そして、親達が、配偶として第一の条件のように云って聞かせてくれた好い人というものが、決して性格として頼れる面白いものでもなければ、まして自分が描いているように、溌溂と熱意ある生活の幸福などは、到底期待出来そうもなく思われ出したのであった。
さよは、当てっこの奥に暗く凄い何かが募って来るのを感じた。彼女は、何気なく夕飯後、夕刊を見ている良人に云いかける。
「今日沢口の伯母様がいらっしゃってよ」
「ほう。何だって?」
「また幸雄さんのことをこぼしていらしったわ。あの人にも困るって。先達っての話は、自分から行って断ったのですって……」
さよは、注意深く保夫の返事を待った。幸雄は従弟で、彼はその兄役をしていた。
「贅沢だな。この就職難のとき自分からいいくちを断るなんて……」
保夫が、自分の予期通りのことを、呑気に云うのを見ると、さよは焦立たしさと悲しさとを同時に感じた。彼女は、複雑に、意地悪く動く自分の心持を、惨めに自覚しながら云った。
「伯母様に申上て置いたわ。今度幸雄さんがいらっしゃったら、きッと保夫がよくお話しするでしょうって。――そうでしょう
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