彼女を顧る。
「何故?」
「――その先は私が云うの」
さよは、良人の顔から眼を離さず説明した。
「私がね、貴方がきっとこうおっしゃるだろうと思うことを云うの。当ったか当らないか、正直に教えて頂戴」
そこで、さよはもったいぶり、場合によっては、
「――省――課書記官谷保夫は、今、彼の従弟の就職について云々」
と、冗談を混ぜて良人の考えや心持を話した。保夫は本気にならず、
「莫迦《ばか》」
と苦笑しながらも、さよによって読みあげられる彼の考えというものに耳を借した。さよは、妙に真剣で、頭の奥から糸でも繰り出すような眼付で話しながら、少しあやふやなところに来ると、
「そうじゃあなくって? 違って? まるで違うこと?」
と念を押す。全然見当の脱れた時、保夫はさも面白そうに高笑いした。そして、遠慮なく、
「莫迦《ばか》」
を連発して彼女を揶揄《やゆ》した。さよは、額の隅を掻いて敗亡を示した。当がはずれても、結局食後の座興として決して不適当なものではない。然し、十中七八まで保夫は彼女の言葉を正面から否定はしなかった。その代り、はっきり承認もしない。彼は、にやにやしながら、
「まあそう思うならそうして置くさ」
と云うのであった。
この当て役が反対に保夫に振りつけられると、二人の会話は、さよがその役を持った時ほど快活に、熱をもっては進まなかった。
彼女は良人に注文するだろう。
「きのう吉村さんがいらしった時ね、私、あの方について感じたことがあるのです。何だとお思いになって? 鈴木さんと比較して――当てて頂戴」
保夫は、気も乗らなそうに煙草の烟《けむり》を吹いた。
「何の稽古が始るのかい。――吉村について感じたって……漠然としすぎて問題になりゃあしないよ」
さよは、良人に興味を持たせたく、一生懸命に云った。
「吉村さんと鈴木さんとは同じ実業家でしょう。実業家といっても二人は実業につく動機がまるで異うと思ったの、そのこと――」
「厄介なことになったな」
保夫は間に合わせな答をした。
「第一、男の見た男と、女の見た男とは大分違うよ」
「いやな方!」
さよは、酸いような笑いを笑った。
「違うからこそ当てて頂戴と申上るのよ。あの二人は性格が随分異っているでしょう、その違いを私がどう感じたかということなのよ」
「さあ――大体何だろう、鈴木は神経質で、考え出すと眠れないという方だ
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