ろ、勉強しろ」
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 千世子がききあきてしかめっつらをするほど云うのもこの人であった。
 源さんは自分の導いて行かなくっちゃあならない様なこの女に、心の奥の奥にひそんで居る感情は出来るだけはかくして居ながらも、いつの間にか千世子には知られて居た。工学士のHは苦労した事がその世なれた人をそらさない口つきでわかるほどの人であった。
 おととし学校を出てすぐ外国に行って病気で帰って来て、今は保養がてら家でしなければならない事だけをして居る、三十きっちり位の神経質な体の弱い、白い立派な額と大変に濃い優しげな髪をもって居る。
 Hに特別な同情と気持を千世子は持って居た。他人の話をきいて自分はだまって居る事の多い、話をする時にはいつでも丸いふくらみのある声でし、声楽のかなり出来るHは、千世子の一家から頭のすぐれた母親の気のおけない話し相手、千世子にはかなりいろんな事を教えて呉れる人として、大抵の人にはすきがられて居た。Hがこの家庭に出入し始めたのは二年前の夏頃から父親のいそがしい仕事を手伝ってもらう様になってからで、その年の冬になると、
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「始めてお目に
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