「早いもんですネエ、あれからもうざっと四月たって居るんですから……」
「ほんとうにネエ、もう貴方じき夏の仕度ですよ」
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 こんな事を二親は云って居た。Hは時々千世子の方を見ては、
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「云いたい事があるんだけれ共」
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と云う様な口元をして居た。
 十一時頃Hはあんまりおそくなると風を引くと云ってかえって行った。
 段々遠くなる下駄の音がパッタリと、飾井戸のあたりでやんだ。
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「オヤ」
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 千世子は小さく云ってのり出して暗の中をのぞいた。白いHのかおがまっくらの暗の中にういて居た。
 何かの霊の様にスーッと心を掠めて通りすぎられた様に感じながら、
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「さようなら、風ぜを引いたりなさらない様に」
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 千世子は云うとすぐ涙がにじみ出して来た。「たった一人ぼっちで……」こんな事もつづいて思われた。「アーア」ため息をつきながら重い気持で長い曲りの多い廊下をうつむいて歩かなければならなかった。

        (十)[#「(十)」は縦中横
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