Hさんのところに嫁《い》らっしゃれば丁度好い」
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といつだったか女中がにやつきながら云ったのを思い出した。その晩千世子はとんだりはねたりが千も万も千世子の体をつつんではねくりかえった夢を見て朝早く目覚めてしまった。
翌日Hが来て製図をしながら話したのは千世子に手紙で云ってよこした様な婚礼の話だった。
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「あんな女をすきになれったってなれませんねえ。お金が世の中のすべてだと思って居る御仲間ですもの、いざとなれば御亭主と金仏をとりかえまいもんでもない……下手なおしゃれがすきでねえ、いやんなるほど妙に大胆なとこのある女ですもの」
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そんな事を云ってHは他人の話をうけうりして居る様に平気に笑いながら話した。
三四日前から千世子にはねられない晩がつづいた。悪い夢にうなされたり、興奮したり考え込んでしまったりしてウトウトとすると夜の明けてしまう事が多かった。やたらに囲りのものに刺げきされたりあんまり感情が動きすぎたり、頭の重いのや食事の進まないのはただじゃあないと千世子は自分でも思って居た。
毎日毎日追われる様に書かなくっちゃあならない事が沢山ある様で居て何からして好いかわからずあんまり感じすぎて手が動かなくなったり一度書いた事を又くり返して書いて見たり、只さえ神経的な千世子の頭はよっぽど変調子になって来た、かお色も青く目もくぼんでいた。
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「あんまり夢中になるからだよ、学校になんか行くのやめてお前、なおさなくちゃあいけないじゃないか」
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母親は不安心らしい眼色をして当人よりも気をもんでさわぎたてた。千世子の体をよく知って居る医者は見ないで臭剥を調合してよこした。そうして電話に出た代診はクスクス云いながら「毎日これを召上って九時におやすみになれば十日でなおるそうでございます」と云った。
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「何だろう、人を馬鹿にして居る、私がもしもっと重い病気になって急に死んだらどうするんだろう」
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と、Hになだめられても、母親が何て云ってもきかないほど腹を立てた。
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「それも病気のせいなんだよ」
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すかす様に母親は云って額をさわったりした。
翌日朝、強い目まいがしてたおれてか
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