ないで居ると云う事を千世子は知って居る。一人の男は千世子をくすぐろうとしてつねられ、一人はわざと自分からつきあたって行ったくせにしりもちをついた。何故男なんて云うものはこんな時にうんざりするほどふざけたがるもんなんだろう。
 千世子は男と云うものの一番みっともないところをさらけ出された様な不快な気持になった。そして思うともなくHのあの高く澄んだ額やしっかりしたくびの筋肉と丸い声を思った。
 十時一寸過ぎ頃千世子はたまらなくなって帰ると云い出した。叔母がとめてもきかなかったものをあんな男達が何と云ったってもとよりとまると云うはずもなく、白い毛のボーアを富[#「富」に「(ママ)」の注記]げに巻いて黒い手袋をはめて千世子は敷石の上に一っぱいにかがやいて居る草履をはいた。男達はお互によりかかりあいながら見送りに出た。車にのってから、
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「皆さんさようなら」
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 お義理に声だけを笑った様に千世子は云った。
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「御かげで大変愉快でした」
「又いつかお目にかかりましょう」
「素敵ですよ」
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なんかと胴間声をはりあげた男も有った。まだそう年をとらない千世子の車夫は提灯をかじ棒にさげながら、
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「へへへ」
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と笑ったのが千世子には又とないほど馬鹿にされた様に感じた。さわぎからのがれたおどろくほどの静かさとかるい動揺にすんだ水の様な心になった。くらい宙に時々青白い火花の散るのや、青や赤の町の灯がはにかんだ様にまたたいて居るのはその中に人間が住んで居ると思わせないほど詩的な神秘的な輝きをもって居た。雪駄を踏[#「踏」に「(ママ)」の注記]いてこんな路を歩きたいと千世子は思った。ふっくりとふくれた様な道を車ははずんで行って、銀の輪に時々小礫がぶつかって響くリリーンと云う音、かるい足袋の地面を馳る音。
 眠気をさそう様なそれ等の音は一つの音楽となって鼓幕[#「幕」に「(ママ)」の注記]をなぜて行った。フッと耳たぼをくすぐられた様な気持で瞳《メ》をあげた時居眠りをしそうになって居たのだと気がついた。只もうやたらにかるいはしゃいだ気持になって千世子は家につくとすぐ母親にあまったれて、
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「お前はよっぽど妙な女だねエ」
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