指でしごいてキューキューと音をたてて下前を一寸ひっぱって袴のひもの結び目をポンと叩く事を目ざましい手ばやさでする男、どれもどれもこんな人のところへわざわざお嫁に行く人があるんだろうか? と思われる人達ばっかりだった。口元では笑いながらはぐきで「つン」とせせって叔母の横がおを見た。
杯が廻ってからの男達の様子はよけいしだらのない愚かしいものに見えるばっかりだった。あっちこっちで「お嬢さん」とへべれけな声を出してよんだりした。中には「奥さんの御めいごさん」なんかとおどろいて頓死しそうな間ぬけな呼び方をする男さえあった。酔って手をふるわせながらまだあふれそうな杯をにぎって袴からひざにダラダラと斬りかけられた様に酒をこぼしてあわててふこうとする拍子にたもとの先をお碗の中に入れたりする男の様子を千世子は手伝ってふいてやろうともしないで眉をひそめて奥歯をがチがチ云わせてにらんで居た。(こんな人達の女房なんか年中おはしょりをずるっかずるっかして袖口の光った着物を着て、ひまさえあれば塩豌豆をかじりながら火鉢の灰にへのへのもへじをかく事ほかしらない方がいいんだ)こんな事を思って居た。畳にお酒のしみを三つも作って御飯がすんだ。
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「次の間で歌留多をしましょう」
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叔母の発言で男達はヒョロヒョロした足どりでとなりの部屋に入った。千世子は柱によっかかって男の大きな毛むくじゃらな手が札をさぐるぶざまな形を見て居ると、叔母にすすめられて千世子も仲間入りする事になった。
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「しっかりやってくれ給え」
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傍に座った生っ白い男は云ってしょうばいに似合わないきたない爪のある手で千世子の丸い肩を打とうとした、フッと躰をそらしたので他愛もない形に男はひじをついてしまった。
千世子はかんしゃくを起した様に白い爪のやたらに小さい指さきを動かしてそこいら中をなぎたてた。赫色の毛むくじゃらの手が只わけもなくさわぎまわる中をルビーとダンラをうきぼりにした指輪のある手でスイスイと札をぬいて行く、おまけに手は白し爪は桜色になって居る。千世子は愚な民をその白い手で征服して居る女王の様な又いくじない動物達の群の中を胸をはって進む女獅子か女豹の様なかがやかしいおごった気持になった。
男達が自分をふざけさせて見たくってしようが
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