気分やらが千世子を満足させることは出来なかった。
 見れば見るほどあらが出てもう見向くのもいやになってしまってからは毎日毎日わだかまりのある様な、笑いながらもフッと思い込む様な様子をして居た。
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「貴方がいらっしゃるんで思う様にかけないんですよ」
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とか、
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「私もうほんとうに涙がこぼれそうですわ、貴方が居らっしゃるから出来ないなんていくじなしじゃないはずなんだけれ共……」
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なんかと沢山な書きくずしの中に頬杖をついていらいらしたとんがり声で云ったりした。
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「今日は夜になるまで御会いしますまいねえ、そいで一生懸命書くんです」
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 うすら寒い茶室にとじこもって経机の上で書いて居たりするのもその頃だった。
 我ままな千世子は折にふれて年上の人にするらしくない様子もしない事はなかったけれ共Hは自分の心のどこかがそれでも満足し又、それにみせられて居るのを頭ばっかりそだった様な千世子に対しての興味と云う感情のかげにごくさわやかに育って行く感情があるのをHも知り千世子もすかし見て居た。
 正月になってすぐHは興津にかえって行った。
 千世子は、お正月だお正月だと云ってやたらにさわぎたてる人達や、只口の先だけで「あけまして御目でとう」と云い合って安心して居る人達を嘲った目で見ながら自分では仕度[#「仕度」に「(ママ)」の注記]たばっかりのお召のかさねを着て足袋の細いつまさきにはでな裾の華なやかな音に陽気に乱れるのをうれしくないとは思わなかった。
 七草頃になってから千世子はすきのない――たるみのない気持になる事が出来た。始めて自分の原稿を灰にした千世子は十枚二十枚となげこまれる紙から立つ焔の焔心の無色のところその次にまだもえきらない赤い焔、そのそとに――一番そとに酸素も思う様にうけてありったけまざりっけなくもえて居るうす青紫の色のかすかな――それで居て熱もあり思いもある焔ばかりが自分の心のそこに集って不純物のない一色の心に焔の上るごとになって行く様に思えた。いつもならば形のある、しかも字の書かれたものの灰になって行くのを見ると悲しくなる千世子は、そのかなしみよりつよいうれしさ力強さにうす笑いして形のままのこった灰のため息をつきながらくずれて行
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