人ですもの、それで又手紙とか電話とかにやたらにおそれて居る人なんですもの……」
「とにかくだれが見てもあなたとあべこべな感情だと云う事はたしかですネ。貴方が好いとも阿母さんが悪いとも云えないサ、そう云う性分なんだから……」
「感情のぶつかりなんて母親と娘の間にあんまりない筈のものなんですけれ共ネ、私がつい気ままなんで時にはじまる事さえあるんですものネエ」
「でもマア、一つのつとめとして貴方は阿母さんにおとなしくして居なくっちゃあいけませんよ……女としちゃあかなりの学問もあり常識も発達して居なさるんだから」
「エエそれは知ってますけれ共……人の前で自分の感情に仮面をかぶせてちぢこまって居る事は出来ないんですもの人のために生れた感情じゃないんですもの私のものですもん」
「何にも感情を押しつつんでどうのこうのって云うんじゃあないんですけれ共、子供の一挙一動によろこんだり悲しんだりして居る親を安心させるためにしなくっちゃあならない事と思ってたらいいじゃありませんか……」
「私自分にもそう思ってつとめる事があります。でもフイとした感情につつかれて『マア阿母さんの耳たぶがきれいだ、そりゃあよくすき通った色で』なんて云う事があるとしましょう、そうするとすぐ『ろくでもない事を云うのは御やめ気違いみたいじゃないか』って云われるんですもの、フックリした気持になって居る時そう云う事を云われると、美くしく化粧した舞台がおのきれいなかぶりものをかぶって居るとんだりはねたりが一寸松やにから竹がはなれるともんどりうってかぶりもののとれた下から白っぱげた役者の素がおが出ると同じ事にネ。自分でどうしようもなくなってしまうんですワ、そうなってしまうと……」
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 千世子はあきらめた様な口調に云って白い紙の上に線を引く事をやめないHを見て又ペンをにぎった。
 しばらくすると母親が、
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「御精が出る事、一寸しゃべりませんかもうじきお茶が出ますよ」
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と云って入って来た。千世子は一寸ふりかえって笑って居るはぐきの色のわるいのと前髪のしんののぞいて居るのを見てたまらなくきたないものを見せられた様な気になって一寸まゆをひそめて又紙に目を落した。
 うしろの方で新しい女の事を論じて居る母親の声がいやに耳ざわりになってたまらなくって「おやめ」と云わ
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