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Hがいかにも大切らしい口調できいた。
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「そんな事あるもんですか、ネエ、さっきも私そう思ってたんです、今までにないほど今日のあけ方をうれしく思わせて下さったからお茶時にはおいしいものを御馳走してあげようとネエ。随分馬鹿らしい事だけれ共さっきは真面目で考えたんです」
「有難う、でもほんとうに、あんまり興奮させちゃって、ネエ」
「私今うれしいんだからそんな事云うの御やめなすってネどうぞ、ほんとうにうれしいんです、もうどうして良いかと思うほどなんですの」
「ようござんすネエ、まわりの幸福な人は少し位いやな事に出会っても嬉しく思っちまうんですからネエ。一寸変な事云う様だけれ共私のきく事をあんた返事して下さる?」
「してかまわない事なら……」
「じゃネエ、貴方は私をどんな男だと思う?」
「どんなって――私はそう思ってます、かなり感情のつよい神経家なんだけれ共つとめて平気になんでもない様にしていらっしゃる方。それから世の中には自分が征服してしまうかそれでなければそれに心を奪われてしまう事ってあるでしょう。それを大抵の事は征服して――少しぐらい無理でも又心をうばわれそうになっても征服しなくっちゃあ気のすまない方、生をつよく愛する方、それで居てかなり悲しみやすい方、違いましたら――」
「そう見えますか、それで貴方は私をすき? それともきらい?」
「私はすきな人でも時によると、――その時の気持によって見向もしたくないほどになる事がありますもんはっきりは云えませんけど――好きはすきですわ」
「すき?」
「エエたしかに――だけどあんまりすきかすきかなんておっしゃるときらいになっちゃうかもしれない――」
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千世子はこんな事を云って笑った。
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「どうしてそんな事おききになる?」
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まだ笑の残って居る口元で云った。
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「何故ってことはないけど只きいただけ」
「そう……」
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薪は前にもまして益々盛に燃え始めた。Hのかおも千世子のかおも赤くはえて、世の中の事にまださわらない目と手と顔なんかはひるま――ごみっぽい昼間よりはよっぽどきれいに白く二人ともに見えて居た。
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「手が少しつめとうござんすねえ」
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