ネエ、サッパリしたろう顔色がよくなった」
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母親は父親と顔を見合せて笑いながら千世子の髪のへこんだのをふくらしてやったり、袂のはなればなれになったのをそろえてやったりして居た。
女中は小さい弟に干アンズをパンの間にはさんでこまっかく一口にたべられる様にきっては口に運んで居た。それをあどけない目差しで千世子は見て居た。母親達はこないだっから問題になって居る玉川の地所の事や、持主のあこぎな事やら仲に立って居る男の半間な事やらを笑い合って居た。
その話をきき本と景色も弟のパンをたべるのをも見してまとまらない散り散りの気持で千世子は停車場に下りるまで居た。
停車場から連絡して居る湯本行の電車にのった時千世子達より前にのって居た小田原の土っくさいお話にもならない様な芸者が三人ほど居た。そういうものにむかうといつもする通りに千世子は又女王の様なきどり方をした。一足はこぶにでもいかにも都にそだった娘らしく又つき合になれた女の様に様子をととのえた。
三人の女達は愚かしいみっともない目で千世子のツンとした着物の着方だの髪の結い方だのを見た。そうしたあげく、千世子のもうとっくに知って居る事でありながら知って居ないつもりで手の形で千世子の批評をして居た。
母親は、
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「随分何だネエ、私でももっといきだよ」
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こんな事をささやいて、十も若い娘がする様に千世子を小突いた。千世子は目で笑って母親の横がおを見てから三人の商売人を見た。頬の丸味も目のきれいさも母の方が倍も倍も立ちまさった考え深さと美くしさをもって居た。着物でも持ちものでもどっからどこまでが母の方が美くしかった。
千世子はわけもなくうれしくなって肩をゆすって母親の肩に自分の肩をぶっつけた。三人の女は千世子を千世子は三人の女をお互に女にあり勝な批評的な目で見合って居た。
千世子の一隊は養生館前で車を下りて迎に出て居た男が沢山なトランクやドレッスケースを荷車にのっけて波の音のきこえる方に砂道をサクサク云わせながら引いて行った。その男はお世辞よく主人夫婦が大変まって居る事小供達が東京の話がきかれるとたのしみにして居る事なんかをかるい調子に話しては高く笑って居た。
(十二)[#「(十二)」は縦中横]
千世子達の姿が店のガラス戸にうつ
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