……」
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Hはだまって障子の棧のかげを見て居た。
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「何考えていらっしゃる? 私が御嫁に行く行かないは何にも貴方に関係のある事じゃあないじゃあありませんか、こんな事をそう考えるもんじゃあありませんワ」
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千世子はHの心の上にドッカリと座ってしまった様に笑った。
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「千世ちゃん一寸台所に御いでナ、いい事教えてあげる」
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廻し戸のそとから母親がこえをかけた。
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「何? 今行きます」
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紅い緒にたすきをかけられた様に見える足を自分ながらきれいに思いながら、紫色の煙のこめて居る台所に行った。
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「ここにおいで、そうして私のするのを見て御いで」
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母親は小器用な手をして海老のあげものをして居た。
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「何? それが私に教える事?」
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「オヤマア」と云う様に云った。
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「お前知らないだろう? こんなもののあげ方なんか?」
「知ってますわ、その位の事、母さんは又お嫁のしたくにこんな事教えるなんて云っていらっしゃる」
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キイキイ千世子は笑いながら茶の間にかけもどった、Hは西洋間に行ったと見えてそこには見えなかった。
小声にうたをうたいながら廊下をすべって西洋間に行った、長椅子の上にHはつっぷして居た。
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「どうなすったの? 頭がいたい?」
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Hの頭の弱いのを知って居る千世子はやさしく云った。
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「いいえそんなじゃあない――ちょっとばかり」
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Hは泣いたあとの様なこえで云った。千世子はHの思って居た事が大抵はわかったけれ共それをさける様に、
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「いけない事――少し葡萄酒をあげましょう、そして頭を押してあげましょうねえ」
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戸だなから千世子は小形のグラッスに白いブドウ酒をもって来た。
Hはそれを娘がする様におちょぼ口をしてのんだ。酒に弱いHの目のふちや頬はポーッと赤らんで来た。千世子はHの頭を両手にはさんで一寸の間押してやった。
[#こ
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