かんしゃく」やわだかまった気分が皆《みんな》、飛び出してしまう様に気が軽くなって頭がピョコピョコはずみ出しそうに思われた。
陽気な声で千世子はついこの間書き上げた極く短っかいそいで可哀らしいものを京子に読んできかせたり思い浮ぶ歌を歌の様な調子に唄ったりした。
だまって陽気な顔を見て居た京子はしみじみとした低い声で云った。
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「でも貴方なんか、思う通りの事をして苦労も心配もなしに暮して居るから少し位の不平は我まんしなけりゃあいけない。
此頃の私なんかほんとうにみじめこの上なしって云う様な様子なんだもの。
いくら画を書くのが商売だったってあけても暮れても植物の解剖図ばっかり描いて居るんじゃ何か張合も有りゃあしないんだもの。
こないだ描いて居た美人画は叔父が来て散々けなして行ったから洗ってしまったしするから――
好きで始めた仕事をしながら一寸でも、
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ああ、いやだ。
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と思うと淋しい様な気持がする」
「そりゃあ、誰だって他人のして居る仕事は易《やさ》しくって苦労がなくっていい様に羨しい様な気がするにきまってる。
でもまあ、自分の仕事に、不平があったり何かするからこそいいんで若しそうででもなかったらそれこそほんとうに可哀そうだ。
悟りきった様な調子に千世子がしずかに云うのを京子は押《おし》つける様に笑って、
そうでしょうさ!
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なんか云った。
千世子が気まぐれに時々水彩画を描く木炭紙を棚から下してそれを四つに切ったのに器用な手つきで炬燵につっぷして居る銀杏返しの女の淋しそうな姿を描いて壁に張りつけて眼ばたきを繁くしながらよっかかる様な声で云った。
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「冬中私の一番沢山する様子だ」
「貴方の冬の姿はそんなに淋しそうなの?
私が若し描くんなら燃えしきる焔の上に座って室《むろ》咲の花に取り巻かれて居るのを描く。
それだけ私と貴方はすべての事に違って居るんだ。
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千世子はこの一月ほど燃《た》かない「すとーぶ」のがらんとした口を見た。
そしてあんまりがらんとしていやだから土を敷いて草花でも植え様かと思って居ると云うと、
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「ええさぞ結構な事《こ》ってしょうよ。
ろくに日もあたらない闇の中にヒョロヒョロといじけて咲く花を見て貴方が『かんしゃく』を起して叱りつけてる様子が目に見える様だ。
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京子はこんな事を云ってからかう様に笑った。
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「ほんまになあ、
あほらしい事や。
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おどけた調子で真面目な顔をして千世子は云った。
それにつられた様に京子は西京へ行った時の話を丁寧に話した。
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「大阪って云うと京都より塵っぽい煤煙の多い処許り見たいだけど成園さんの描いたあの近所は随分好い、お酌もこっちのより奇麗だし同じ位『すれ』て居ても言葉が柔いからいやな気持がそんなにしない。
『すれ』を上手にごまかして居るのかもしれないけれどすきになれそうなのが少くなかった。
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こんな事も話した。
千世子はだまって壁を見ながら、彌左衛門町を歩いて居た時、お酌が大口あいて蜜豆を頬張って居るのを見た時の気持を思い出して居た。
京子はしきりに千世子の古い処々《ところどころ》本虫《しみ》の喰った本を出してはせわしそうにくって居るのを見て、
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「何にするの?
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千世子はだるい声で云った。
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「何ねー、
今して居る仕事の片が附いたら極く新らしい気持で昔の物語りの絵巻を作って見ようと思って。
気に入ったのが見つからないんだもの。
ほんとうに何がいいかしらん。
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京子はほんとうにたずねあぐんだ様に云った。
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「いいのが見つからなかったら自分で物語りを作ったらいいじゃあ、ありませんか、
何にも昔のでなけりゃあ、いけないって云うわけもないだろうのに。
自分で作ったものは気に入らなくってもあたる人がないから一番いい。
それにねえ、若し自分より前の人が自分より達者に同じ物を描いたのでも見るときっと破《やぶ》くか見えない所にしまうかしなければ安心が出来ない様な事が起こって来るもの。
「だって私にはそう都合よく行かないんだもの。
「仕て出来ない事ってありゃしない。
「そう云えばそれっきりだ。
二人はぽつりぽつりとこんな事を話した。
「あんなにしてわざわざ来てもらっても思いのほかだ」
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いつもの通りの不平が千世子の心に湧いて来た。
そう
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