千世子の顔を見て居た。
 自然の美くしさを云う時千世子の興奮するのは常の事で奇麗な言葉のつながりを誦す様に云っていろいろの事をはなした。
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「悲しみが喜びと云うものよりも微妙なものだと云うけれ共、自然の中の美くしさはそれと同じです。
 ねえそうじゃあありませんか、
 世の中の人が十[#「十」に「(ママ)」の注記]分の九十九まで自然の美くしさを非難したり馬鹿にしたって私だけはほんとうに二心のない忠臣で居られる。
 私が或る時は守ってやり又或る時は守られる事が出来るまで私と自然の美くしさは近づいて仲よしで居る事が出来る。
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 こんな事も云った。
 篤はのぼせた様な千世子の頬と赤い若々しい唇を見ながら云った。
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「独りで居る時でもそんな美くしさが感じられるんですか、
 話したくなって来るとどうするんですか誰あれも来て居ない時――
「そんな時にはね、
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 急に千世子は大きなヒステリックな声で笑った。
 それからすっかり声を落して上目で見ながら迫る様な調子で云った。
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 そんな時にはね、
 心に浮む事をお祈りの文句を誦す様にとなえるんですよ、
 手を胸に組んでね、
 ひざまずいて美くしい太陽の光の中でね、
 私の心の満足するまで云うんです。
 私の心が満足した時にはたった一|滴《しずく》の涙がポロッとこぼれるとそれで私はすっかり満足するんです。
 嬉しいんですよ、
 貴方になんかどうしたってわかりません、
 私の領分なんですからね。
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 千世子はこんな事を云った後であんまり長く話して疲《くたび》れた様に深い溜息を吐《つ》いた。
 今までとはまるで違った沈んだ目をして千世子は篤の顔を見て云った。
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「貴方って云う方はほんとうに静かな方なんですねえ、
 山の奥にある沼の水の様にねえ。
 でもあの水位注味[#「注味」に「(ママ)」の注記]深いんならよござんすよ。
「ほんとですねえ、
 自分でもよくそう思います。
 でも性質だから仕方がありません。
 だから『奇麗だ!』と思ったっていいかげんまで行けば立ち消えがして仕舞うし何かに刺撃されてもいいかげんまでほか行きませんからねえ。
 すべてが小さくかたまって仕舞うんです。
 自分
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