きこむ。しかし、翌朝戸をあけ、露台へ出る時、ナースチャは挨拶を用意しているのだ。
ナースチャは、夜十一時半までひのし[#「ひのし」に傍点]かけをした。最後のハンカチを終ったが、まだ火があった。ナースチャは今朝ほしたアンナ・リヴォーヴナの下着にひのし[#「ひのし」に傍点]をしてしまいたいと思った。けれども、建物の物干場は五階の屋根裏だ。しんとした階段と、物干場のがらんどうな湿っぽい大きさがナースチャを恐れさした。
ナースチャは、忍び足でリザ・セミョンノヴナの戸へ近づいた。戸から燈火が洩れている。ナースチャは、そっとたたいた。
「お入り」
リザ・セミョンノヴナは、まだ着物もぬがず、新聞から切抜をしていた。
「リザ・セミョンノヴナ、ごめんなさい、邪魔して。――わたし、物干場へ行かなけりゃならないんです」
ナースチャは云った。
「でも……こわいんです」
「なぜさ」
「一番てっぺんなんですもの、それに、もう夜で、暗くて」
「アンナ・リヴォーヴナにそうお云い」
「|神よ《ボージェ・モイ》! わたしぶたれます」
リザ・セミョンノヴナは急に両足で立った。
「さ、早く、早く!」
「ああ、ありが
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