で、むせばないように口をあけて泣いた。
 隣室では、ランプの光がさし、はさみの音がする。ランプの光はぼろ[#「ぼろ」に傍点]のかたまりのようにナースチャをかげにおき、シューラの金髪の一部分だけをせまく射るように照らしつづけた。

        六

 ソフィヤ村のナーシェンカは市《まち》に出た。
 ナースチャは電車にのっている。電車は二台連結だ。ナースチャはひろげた脚の間に麻袋をおき、あとの車にのっている。アンナ・リヴォーヴナはナースチャの隣にかけ、かばんをそばにおき、その上に肱をついて眼をつぶっている。電車は午前九時すぎのモスクワを行くのだ。ナースチャは朝日のあたる窓に向って、顔をしかめながら外をみた。大きいまるで見知らぬ都会の景色のなかでナースチャになじみのあるのは向日葵《ひまわり》の種売りだけであった。朝のところどころの露店で、五カペイキのコップは向日葵を盛って厚ぼったく光った。
 電車の窓の下をトラックが通る。トラックには三人労働者がのっていて、あっち向きに電車を追いぬきながら、窓にあるナースチャの顔を見つけ、互になにか云って笑った。
「おーい、こっちへ乗ってきな!」
 怒鳴
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