んだかがさつなひとで……わたしは好きでありませんよ」
 下宿へ食事だけしに通って来る小柄な軍医が、下から議論の中心になったゾーシチェンコのとじの切れた短篇集をもって来た。彼は「恐ろしき夜」を女達に朗読しはじめた。

 この時間に、村端れの仕立屋タマーラの窓からランプの光が夜の村道までさしていた。
 ランプの真下で伯母がラシャの裁物をしている。明日立つナースチャが隣室からの光りで戸口のところだけ明るい台所で、大箱の蓋を開け、荷ごしらえをしている。わずかの下着と、二枚の冬服と一枚外套があるばかりであった。いままで、その上に毎晩ナースチャが寝て来た箱のなかには、まだいくらか古着があったが、どれも小さくなったり、きれていたり、役に立つのはなかった。
 シューラが、箱の底をほじくって、すり切れた、誰かの古い狐の皮を引ずり出した。
「いいもの! いいもの! さあ、ナーシェンカ、これもつめといでよ」
「おやめよ」
「なぜさ! モスクワは寒いよ、ホラ!」
 狐の皮を自分の頸にまきつけ、シューラはしな[#「しな」に傍点]をしてナースチャのぐるりを歩きまわった。
「いい襟巻だよ」
 相手にならず、洗ってあ
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