リシチ》があります」
だんだん自由に話せるようになり、ナースチャはいつか再びテーブルのそばまで戻って力づよく云った。
「ごらんなさい。アンナ・リヴォーヴナ、もし明日でも、いらなくなれば、あなたはわたしを出すことが出来ます。でも、わたしはどうしたらいいでしょう?――それはわたしの苦しみです。あなたの苦しみではない」
「……そりゃ本当だ。……でも、ナースチャ。お前、どのくらい沢山|組合《ソユーズ》に入ってる娘たちが失業で淫売婦になってアルバートをうろついているか知ってるかい」
ナースチャは知らなかった。アンナ・リヴォーヴナは、舌を鳴らした。
「ごらん!」
人さし指を立て、ナースチャの顔の前でふった。
「自分の胡瓜を売ろうとする人間は、それが苦いとは云わないものさ。第一、組合《ソユーズ》へ入ればお金とられるんだよ」
「それは知ってます」
「いくら払わなけりゃならないって云ったい」
「…………」
確かな歩合をナースチャは知らなかった。
アンナ・リヴォーヴナはしばらく頑固に黙っているナースチャの顔を見まもり、やがて捨てるように云った。
「わたしのことじゃないから、どうでもいいけれどね。つまらないようなもんじゃないか。沢山お金とったって、とっただけの割で組合へとられてさ、おまけに失業積立金まで出して、ひとを食べさせてやるなんて」
ナースチャの頭が、ゆっくり、農民らしくこんがらかりはじめた。アンナ・リヴォーヴナに云われてみると、自分がはっきり知らぬいろいろのことのどこかに、なにか自分に損の行きそうなことが隠れているように感じられ出した。ナースチャは、アンナ・リヴォーヴナを信用はしなかった。同時に、組合も全部信用出来ない心持になって来たのであった。陰気な眼付をして、ナースチャはテーブルの上の紙を眺めた。
「心配おしでない、いいようにして上げるから」
アンナ・リヴォーヴナは、しょげたナースチャの肩を押し出してやりながら云った。
十一
「どうした? ナースチャ」
リザ・セミョンノヴナが舶来の、十五ルーブリ出して買った絹靴下の穴をつくろいながらきいた。
「組合《ソユーズ》のこと」
両手を腰にかって立ち、リザ・セミョンノヴナの手許を見下していたナースチャは、隣の食堂へ目まぜして、小さい声を出せと合図した。
「行きました。この間」
「すんだの」
「アンナ
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