んでいる。母親や子守のいるベンチの前を中国の女が、ゴムでつるした色つき毬《まり》を売って歩いた。雪の長い並木道を纏足《てんそく》で中国の女は黒く、よちよち動いた。並木道の外れの電車路に、婆さんと男の子供がいた。転轍手と遊んでいた。
「おくれよ《ダワイ》。おじいちゃん《デードシュカ》」
転轍に使う金棒を男の子はほしがった。白い髯で山羊なめし外套の転轍手は笑いながら、金棒をうしろにかくした。
「いけないよ《ニエ・ナード》、いけないよ《ニエ・ナード》、おくれよ《ダワイ》」
「ワロージャ!」
婆さんが叱った。転轍手は男の子に金棒を渡した。男の子はたちまちその金棒にまたがって、雪の上を駈け、あっちへ行った。転轍手は子供の方と、かなたの電車線路の上とをかわるがわる眺めた。電車が見えはじめた。転轍手はいそいで子供のところへ走って行った。
ナースチャは自分の村にあった鉄橋の景色を思い出した。鉄橋の両端には見張所があった。銃を肩から逆さにつった平服の番人が橋桁にならべた板の上をいつもぶらぶら歩いていた。ナースチャの死んだ親父も赤いルバシカを着て番人したことがある。鉄橋から見下す河水のひろやかな大きさ……。汽車が通る時は鉄橋じゅうがふるえた。
欄干《らんかん》にしがみついて、顔にかかるあつい息や、頭がしびれそうに轟然とたくさんの輪が重って目の前をころがり通るのを見送ってしまうと、子供らは一せいに橋桁の上へ躍り出して、手をたたき笑った。ナースチャもほかの子供も裸足《はだし》であった。鉄橋のかなたは原で、村の共同物干場があった。いろんな色のぼろ[#「ぼろ」に傍点]が、原のおっぴらいたなかに見えた。
メストコムからもらって来た紙をもって、ナースチャは食堂へ入って行った。夕食後であった。パーヴェル・パヴロヴィッチがシャツだけで長椅子の上に長くなって、パイプをふかしている。アンナ・リヴォーヴナは第二回|工業化《インダスリザーチア》株券のことを話していた。
「なんだい、ナースチャ」
ナースチャはアンナ・リヴォーヴナが肱をついているテーブルのそばに立った。
「これに書きこんでいただきたいんです」
アンナ・リヴォーヴナは自分の腕越しにナースチャの差し出している紙を見下し、けげんそうにのっそり二つの肱をテーブルからおろした。
「……なんなのさ、一たい」
「わたし、組合《ソユーズ》に入りた
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