ころを苅られている窮屈そうな声で猛之介は、まあ、それもよかろうさとゆっくり云った。日本人の歯がみんな丈夫になっていいかもしんねえ。それから大分間をおいて、猛之介は、いかにもこの日ごろ考えているらしい口調でこう云った。だがまア、金《かね》なんというもなあ、儲けさしてくれるんか分んねえようなところもあるもんだ。時世時世で、金があっちからころがりこんで来るってこともあるもんで、その道に居合わせた者は、運がいいというだけさ。――遠慮して素通りさせるがものはねえ。理髪屋の碌三は、鋏を鳴らしながら後つきの工合を眺めていたのだが、成程ねえ、と感服したように唸って、やがて、ハッハッハと苦っぽい笑いかたをした。理窟はそれぞれつくもんだ。
碌三も猛之介も、近頃新市街に編入されたばかりのこの土地では生えぬきで、若衆仲間からのつき合いであった。土地もちの連中があつまって、村から町になったとき、土地整理組合のようなものをつくった。新市街に編入されたというのも、近年こっち方面へ著しく工業が発展して来たからで、麦畑のあっちこっちに高い煙突が建った。大東京の都市計画で、この方面一帯が何年か後には一大工業中心地になる
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