男と或る農村に行き、危く殺されかけるような目にも遭った。
 カスピ海の漁業組合の労働者としてのゴーリキイ。やがてドヴリング駅の番人をしながら駅夫や人夫に地理、天文のことを書いた本などを読んでやっているゴーリキイ。彼はこの間にいやという程ツァー時代のロシア官吏、司祭等の腐敗した生活ぶりの証人となった。
 ニージュニへ再び戻ってからは或る弁護士の書記の口を見つけた。二年の間ゴーリキイは書記をする傍ら同じ市の急進的なグループとつき合っていたが、その時代の「唯物論者」達の安易な態度に満たされず、放浪癖のついたゴーリキイはニージュニをすてて、南ロシアを殆ど歩きつくした。最後に今日ではスターリンの故郷として名の高いチフリス市の鉄道工場に入った。処女作「マカール・チュードラ」がチフリス新聞『カウカアズ』に掲載されたのは、まさにこの時なのであった。
 成心く真心から書かれたこの一篇の小説は一八九二年のロシアの文壇に新しい時代の黎明を告げたばかりではなかった。「マカール・チュードラ」を貫いて流れている熱い生活力、不撓な意志、卑劣を侮蔑する強い精神、感情そのものは、ゴーリキイが自ら悟ったよりもっと雄弁に、どん底からの創造力の可能を世界に鳴り響かせたのであった。
 このチフリス市の生活が、ゴーリキイの作家としての生涯の第一歩を開花させたと同時に彼にやや変り種の、しかし何処までも彼らしい結婚生活の発端を与えているのは、まことに興味が深い。二年前にニージュニで知り合ってゴーリキイの全傾倒をひきおこしたマダム・オリガが良人をパリにのこして、花のような娘と一緒にチフリスへ帰って来た。そのことを知った時、この頑丈な若者は狂喜のあまり生れて初めて卒倒した。
 ゴーリキイは真直ぐ、ニージュニへ帰った。そして月二留の家賃で或る家のひどい離家、というより棄てられた浴室を借り、オリガとその娘との三人暮しがはじめられた。
 それにしても、パリへ二度もゆき、フランス小唄のうまい、美食家の「美しく、煙草を吸い、奇智に富んで、男の知人をゆすぶること」がやめられない貴族女学校出のオリガに、何故ゴーリキイは卒倒する迄ひきつけられたのであったろう。ゴーリキイは単に雌でない女を求めていた。肉体と肉体との接触だけで終らず、その奥から生活を清め、高める力の生れる、そういう生活のこもった対象として婦人を見ずにいられなかったゴーリ
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