の間で語られなければならないのではないだろうか。今日、学生生活は外部的事情において一変して来ていると共に内面生活は外部にあらわれているよりもよりつよく動かされて来ている。その動かされかたは複雑で弱さも強さも人間らしさの骨頂でもたれていることを痛感しているのは学生自身ではないだろうか。それが現代の文化の波をどのようにうけ、どのようにかえしているかということは、植物にも動物にもない人間の切実な生活史の実質であることを、思っているのは作家ばかりではないだろう。
急激な社会の推移ということもつまりは人間と人間との意欲の交渉の、複雑激甚迅速な動きである。その意味では昨今の地球の呻きは人間ぽさに咽《む》せるばかりであるわけだが、文学が、人と人とのいきさつとして益々多彩にその姿をつかまず、却って生物的な面へ人間を単純化して、現代の禍福をも語ろうとする傾向を一方に生じていることは私たちを深く考えさせる点だと思う。
「結婚の生態」の中で語られているいい生活[#「いい生活」に傍点]の規準は、テニス・コートもある洋風の家と丈夫で従順な妻と丈夫なほどよい数の子供達に基礎をおいているのだが、文学の本来は、そのような一個の男の欲求の肯定から出発した設計の描写ではなくて、現代の常識が何故そのような図取りで人間に生命の保存を考えさせるか、そのような考えかたに対して人間はどう判断し感じているか、という課題にこそテーマとして、ふれるべきである。
六月号の『中央公論』にのっている岩上順一氏の「運命の構造」という論文も今日の文学の上に現れている生態[#「生態」に傍点]的傾向についての考察をのべている。文学に人間の人間らしいいきさつをとり戻さなければならないということは新な重要さで考えられなければならないと思う。[#地付き]〔一九四〇年五月〕
底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
1952(昭和27)年8月発行
初出:「早稲田大学新聞」
1940(昭和15)年5月29日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
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