主人公個人の内的経験だけを主として辿って人間形成を描いている。些細な個人的モメントによって展開されてゆく人格形成――自我の確立と拡大、完成への過程を描いている。デュガールは、第一次ヨーロッパ大戦を終ったあとのフランスで、ファシズムの文化侵略に対する広汎な人民戦線の結成されたフランスで、主人公ジャックの人間形成のモメントを以前の人々のようにただその人にとっては深い意味をもつ日々の身辺的小事件の累積にだけ見なかった。デュガールは、ジャックをとりかこむそれぞれの時期における社会的環境の特質とジャックの人間性の覚醒――自意識のめざめの段階とを対決させつつ、ジャックとその社会の動きを描いている。ジャックという一人の人間が、一定の社会史の期間をとおして、その矛盾、その悪、その痛苦につきころがされ、おき上り、また倒れつつ人間の理性を喪わず生きつつある姿として描かれている。ジャックとはちがった生きかたをする父や兄や他のチボー家の人々をも同時に描きつつ。
 高等小学上級生、中学初級生が、予科練へ送りこまれて行ったあの列伍の姿を忘れることが出来ず、彼等をむざむざ殺した者たちのきょうの安泰について許すことが
前へ 次へ
全10ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング