是は現実的な感想
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)九品仏《くほんぶつ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九二七年二月〕
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 始めて郊外に住んで、今年は、永く美しく夏から次第に移り行く秋の風景を目撃した。これまで、春から夏になる――初夏の自然は度々亢奮して活々感じたが、秋をこのように、落ちる木の葉の色、雨の音にまで沁々知ったのは初めての経験であった。
 九品仏《くほんぶつ》その他、駒沢からこの辺にかけて、散歩するに気持よいところが沢山ある。名所ではないが、自然が起伏に富み、畑と樹林が程よく配合され眺めに変化があるのだ。ぶらぶら歩いていると、漠然、自然と人間生活の緩漫な調和、譲り合い持ち合いという気分を感じ長閑《のどか》になる。つまり、畑や電柱、アンテナなどに文明の波が柔く脈打っているため、威圧的でない程度に自然が浮き上り、一種の田園美をなしている。いつか、長崎村附近を散歩し、この辺とは全然違う印象を受けた。あの辺の村落は恐ろしい勢で解体しつつある。畑などどしどし宅地に売られ、広い地所をもった植木屋は新しい切り割り道を所有地に貫通させ、奥に、売地と札を立てた四角い地面を幾区画か示している。私なら、ああいう場処に住むのはいやと思った。新開地で樹木が一本もなく赭土がむき出しなばかりではない。現代の文明の生きた問題が、動いて売り地の札を立てたり、金を出したり、作業している。土地の発展、時代の趨勢と称する土地分譲は、根に大きな底潮を持っている。迅く流れる河ばかり視ていると目がまわる。そのように、ああいうところに住んでは閉口と思うのである。
 然しながら、それなら平穏なここがよいかと訊かれたら、私は直ぐ返事する。否だ。この小さな住宅地は隠居所である。私共のような人間の住場所には不適当だ。小さい商売を定った顧客対手にしつつ、その間で金を蓄めようとする小売商人は根性がどうも立派でない。避暑地や遊覧地の商人と共通な或るものをもっている。その絶間なく小さい狡いことをされる顧客の大部分がまた過去に於てせくせく蓄めた金をもって引込んで来た人間の、現在中流的偏見に満ちて社会的地位や財産を蓄積しつつある者なのは面白い。天から見たら苦笑される鼬《いたち》ごっこだ。大体、郊外の住宅地というものは、子供と大人の肉体のために野天と日光がたっぷりあるというだけがとりえのものではないだろうか。底を見ると社会的に不健康なものがあるのではなかろうか。
 時間の不経済な点もあって、私共の間にはもう疾《と》うから、都会生活復帰説が持ち上っている。私共のような知識階級の貧者、同時に生活の愛好者には都会が住みよいことを発見した。そこで生れ育った人間には理屈以外都会に牽きつけられる本能があることをも感じる。――
 それやこれや貸家物色中だが、今一番困ることは、家の寒いことだ。田舎らしく天井がそれはそれは高い。周囲ががらんとしている。そこへ寒い冬の空気が何と意気揚々充満することか! 冬の始め、寒さの威脅を感じ、私共は一つの小さい石油ストーブを買った。夜など部屋から部屋へ移る時、それを点し、提灯がわりにもして下げて行く。石油ストーブというものは、然し、何だか侘しい性質のものだ。点けると当座はぽーっと直ぐ部屋が暖まる。少しいい心持になって、さて消すと、それぎりほとぼりというものがない。すーっと、空気が自ら冷めて、元のつめたさに戻ってしまう。スタンダアドの石油ストーブは、チャスタアという名の石油だけを好む。スタンダアドが日本の会社でないように、チャスターは新潟からは産出しない。石油だけで部屋をあたためていようとすると一人で四罐のチャスターが入用だ。友達と私と、うちは二人で一つずつの部屋を持っている故、月に八罐のチャスターがいったとしたら、その始末は誰がしてくれるであろう。私共は、財布に合わせて大きすぎる独立心を持っているから、そのように石油はつかわない。炭で間に合わせるのだ。
 私の部屋は南向きだが、非常に寒い。椽がなく、障子一つで外気を防いでいるためだろう。日本の障子の風情を愛すのはピエル・ロティとヨネ・野口に止まらぬ。けれども寒いので私は風邪をひいた。一日、ホット・レモンを飲んで床についたが、無惨に高い天井を眺めているうちに思ったことがある。それは、雑誌のことで、雑誌も、正月の『婦人公論』についてである。
 初め、女流百人百題という題を見、ジャアナリズムを感じただけであった。順ぐり読むうちに、そうばかりも云えぬ気がして来た。兎に角ここには、これだけ現代女性の云うこと、思うこと、欲すること――あらゆる角度に於て内外の生活に連関した発露がある。筆者の態度が大体極めて粗笨であり、一時的であり、編輯
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