が再建設の悩みにもがいていた一九一八年に、この尨大な著述に着手した。新しい世界が人間により幸福をもたらすものとして造られて行かなければならない。その希望と、当時の世界的紛糾動乱の間に歴史の進化してゆく必然の水脈を見出してゆく手がかりとして、一般読書人のため、常識の整理のために執筆された。地球の生成からヴェルサイユ会議にまで及ぶその内容は、各専門部門にそれぞれ専門家の知識が動員されていて、委員として四十何名かの学者たちが参加している。
 北川三郎氏の訳による大系二冊は、努力の仕事であると思うが、本が大きくて机の上にどっしりとおいて読まなければならない不便があり、高価でもある。それに、この訳にはところどころに訳者插入の研究が自由にさしはさまれていて(例えば文字の部分にある朝鮮文字の研究など)そのような研究に特別の見識をもたない読者は何か戸惑いを感じるところもなくはない。
 このウエルズの文化史大系が、よりまとまりよく整えられて「世界文化史概観」(長谷部文雄訳上下二冊岩波新書)となって発行されている。この概観は初め一九二二年に現れ、次いで一九三四年に改訂版が出た。ウエルズは大系を五分の一ほどに圧縮し、内容も殆ど全部かき直した。それはそうであったろう。一九二二年から後の十年間こそ今日の世界史の大動揺がその底に熟しつつあった深刻な時代であったのであるから。
「この書を通読してまず感歎することは、宇宙の創造から一九三三年までの世界の歴史をかかる小冊子に記述しながら、決して無味乾燥な材料の羅列に終らせることなく、これを極めて興味ふかい物語に編みあげ、しかも、その中に烈々たる文化的精神を織りこんでいることである。」という訳者の序文は、よくこの概観の特徴を語っている。ウエルズは、極めて興味ふかい言葉で、この文化史を結んでいる。「人間はまだやっと青春期にある。人間の苦労は老衰の疲労に伴なう苦労ではなく、まだ訓練されていないこれから増進する力量に伴なう苦労である。吾々が本書で試みたように全歴史を一個の過程として眺めるとき、すなわち生命の着々たる向上的闘争を見るとき、その時こそ吾々は、現在の希望や危険が全歴史上で占める真の意義を知るであろう。まだ吾々はやっと人類の偉大さの最初の黎明期に達したばかりである。」と。
 ウエルズがこの文化史のなかで云っているとおり、現在世界の二十一億の人間の上に
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