あると同時に歴史をつくりつつあるものであるという現実の価値をはっきりわがものとして感じとったとき、小さい一つの行動も深く大きいその自覚に支えられているとき、私たちは本当の勇気と堅忍との沈着で透明な喜悦を心に感じるのだと思う。
 生の喜悦は、現代ではますます精励な人間の精神と肉体とにしか感じられないものとなりつつあるのである。私たちはただ一度しかない自分たちの生をどんなにいとおしんでいるだろう。どんなにいい価値でそれを発揮させたいと切望しているだろう。今日と明日とのよりゆたかな生活の確信のために、私たちが人類の文化の歴史について、日本の過去の業績について何程かの知識を増すことは、決して無駄ではないだろうと思う。
 先ず、私たちの生棲する地球の上に、人類というものの生活はどんな風に発足して、発達して来たものだろうか。民族の分布、社会の発生、習俗の伝承、あらゆる科学・芸術はどんなにして生まれて来たのだろうか。それ等の問いに答えるのは世界文化史である。
 私たちは西洋史も東洋史も国史も習って来たわけであった。けれども、今より進歩した欲求で人類の文化の跡を見直したいと思う時それらの知識は散漫なものだと感じられる。わかりやすく、やさしい本ということでコフマンの「世界人類史物語」(岩波文庫・上下二巻)を軽蔑する必要はないと思う。特にこの物語は著者コフマンの活溌な精神をよく映している。例えば人類が最初の火を自分たちの生活のなかにとらえて来たときのことについても、縫針というものを発明したきっかけなどについても、極めて活々とした人間の実験の精神・偉大な創意の導きとしての日常のささやかな思いつき、精神のこまやかな敏活さなどが、大切に評価されて描かれている。この物語のなかでは、そのように人類の創意性のよろこびが評価されていると同時に、伝説というものがはからず示している過去の不条理というものにも明るい問いかけを投げている。パンドラという人類のはじめての女性が、人間生活のあらゆる憂苦をもたらしたというギリシア神話の物語も、コフマンは何故ギリシア時代の社会生活が最初の女性にそういういやな役割を演じさせたかという、当時の女の地位にもふれて疑問としている。
 この本よりも成人の読者のためにかかれたのが、ウエルズの「世界文化史大系」(北川三郎訳・上下二巻)である。ウエルズは第一次世界大戦が終って全世界
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