であった。その犠牲者の妻たちを、私たちはなんと呼んだらいいのだろう。古い言葉をそのままにあてはめれば、彼女たちは、やはり今日の幾十万人の未亡人中の一人一人なのである。
ヨーロッパ諸国で、この事情は、もっと複雑な内容をもって歴史の前面にあらわれて来ている。私たち日本の女性も、その名と作品とはいくらか知っている文学者トーマス・マンが、ドイツからアメリカへ亡命したのはなぜであったろうか。アインシュタインがアメリカへゆき、ジョリオ・キューリー夫妻がパリーのキューリー研究所をすててスイスへ逃れたのはなんの理由によるだろう。ナチスは、ドイツ人だけが人類の中で繁栄すべき民族だと主張して、見識のせまい、偏見にみちた保守勢力に迎合した。そして、民族的偏見に火をつけて、自分らの政権を維持する便法にした。ナチスの他民族排撃の野蛮さは人類史の最大の汚辱といえる。ナチスは、ユダヤ人を追放し、財産を没収し、集団的に虐殺した。ニュールンベルグの国際裁判の公判廷で、ゲーリングは自分らの惨虐をふたたびフィルムの上に展開されて、文字どおり嘔吐したと伝えられている。その命令を下した人物さえ、それを見直すにたえないほどの惨
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