の人々の真情に痛みあふれている良人への愛慕や、その愛の故に、自分の毎日は内容があり生き甲斐もあるものとしていかなければならないと思って努力している若い心と肉体とは、未亡人というよび名をきいたときどんなに異様に感じ、気味わるく思うことだろう。こんなに本気に、こんなに美しく、悲しみから濾過された平静と希望とをもって生きようとしているのに、「未亡人」――。人生建設を全く予想していないような暗い、じめじめした「未亡人」という名で呼ばれるとは――と。現実は誠実であり虚飾がない。今日の現実はあまり大勢あふれている未亡人たちを、もう昔の未亡人型に押しはめておききれなくなっている。それらの若い、孤独な妻たちは、季節季節の色どりを健気《けなげ》に身をつけて、さまざまの職業につき、経済上の自立とともに未来のひろやかな展望をもとうとしている。未亡人という表現が重く苦しく再登場して来る場合は、大抵、その妻たちの生活問題が切迫したときである。したがって母となっている孤独な妻たちの困難が主軸となって、一つの社会問題となるのである。今日の日本では、未亡人の問題がいわれるとき、すべての人の表情に困惑の色が深められる。
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