表情で比企《ひき》すげ子が叫ぶように云った。
「どういう場合にしろカンニングするなんて、冒涜だと思うわ。私ちゃんと云って行くのが義務だと思ったんです」
 カンニング。――杉子の瑞々しい顔色も幾分褪せて、ぼんやりした深い困惑があらわれた。比企すげ子をかこんだ一かたまりとは別々に、杉子たちはぞろぞろ教室へ戻った。
 すぐ津本先生が入って来た。しんとした教室には午後の青葉かげが愈々《いよいよ》濃くなりまさったようで、そこに若々しい罪のない困った表情をむき出しにしたどっさりの顔が、黙って教壇に向けられている。
 その雰囲気の抵抗なさが、勢こんで来た津本先生の気持を次第に悲しさにかえたように見えた。暫く口をつぐんでいて、やがてしんから残念そうに、
「どうして、あなたがたはそんなことをして下すったんでしょうね」
 心からのその声音は、まじり気のない遺憾の思いで悲痛にみんなの胸に迫った。だけれども、誰も黙っている。どうしてそんなことをしたか。あのぼーとなるような時間に、それが分ってしたというひとがあっただろうか。第一、カンニングといういやな名のつくそのことだと知って、あんなに云わばおおっぴらにクラス
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