をゆずること。その日のうちにそれだけが決定された。
次の日の昼休に、全校の学生が講堂に集められて、校長から特別な訓話があった。
表面的に事件のしめくくりはつけられたが、クラスの気分の動揺は永く尾をひいて、現在の学生生活の当途《あてど》のないつまらなさやそれぞれに落着かない青春の可憐な摸索やらが、みんな今度の事件に絡みあった後味となって影響をのこした。
「ね、杉子さん。私こんどつくづく自分て下らないんだと思っちゃったの」
校舎の裏の小高い丘の石の上へかけながら紀子が歎息して云った。
「岡先生のおっしゃったこと本当ね。少くとも私なんかは自分で自分の行動に責任なんか負えない人間なんだわ。だからね、もうこれから新体制にしちゃうことにしたの。大人の戒律に従順にしているのが分相応なんだと思うの」
杉子は、優しい沈んだ様子で、どこか柔かい仔猫[#「猫」は底本では「描」と誤植]のような身のこなしで、隣の籐椅子の上から母の毬子の肩のところへ顔をもたせかけていた。毬子は満足そうに、おだやかに新聞を見ている。この昔の正直な女学生のまま年をとったようなところのある母が今度の事件を知ったら、どんなにびっくりするだろう。試験のとき教えっこしたりするのはわるいこと、だから決してしてはならないこと。結婚する迄好きなことを勉強するのは悪いことでないけれど、結婚したらいつとなしにそんなことも忘れてしまって一生暮して不思議とも考えないこと。それらは何の疑いもなく、この小皺のたたまれた一応は賢い額の奥に伝統の場所を得て納められているのだ。
「ねえ、かあさん」
杉子は、そーっと母の顎のあたりを撫でながら、あらわし尽せない感慨をこめて云った。
「ねえ、かあさんは、きっとずいぶんハイカラな女学生だったんでしょうねえ」
毬子は、
「ふ、ふ」
と笑った。
「西洋人の先生何て呼んだの、マリって云った? それともメアリって云った?」
「そりゃ、ミス・セタって呼んだのさ」
この母が、杉子の今心に思っていることをすっかり知ったら何と云うだろう。
今度の事件から、杉子は紀子のように自分に絶望した考えかたをひき出して来ていなかった。一層身にひきしめて、生きてゆく目標をもつということの大切さをさとった。学校がつまらないということでは皆始終云っていることだけれど、それならば次の日から行くのをやめるかと云えば、そん
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