はいつ破れて流れ出すかもしれない薄氷みたいなものの上にとびとびの足場を求めたりするのをいやがっていて、寧ろじゃぶじゃぶ水を渉っても歩み出した方向は失わず行きたい気でいるのだ。そして、そこに、自分たちの時代の若さの一つの形のあらわれ、誠実の一つの姿があるのではなかろうか。慎一の心持では、彼の所謂えらいが面白い、という今日を生きる気持がそこに一致するのであった。
そのとき、流れあっているものを感じたように峯子が顔を擡《あ》げておだやかに真直な視線で慎一を見た。その峯子の瞳は日向で金ぽい茶色に燿《かがや》いている。慎一は美しいと思った。峯子はそのまま捲毛のある首をちょっと傾けるような動作をして、
「――大体おんなじようなことを考えていた?」と訊いた。
「照坊にきいて御覧」
峯子は笑った。それから極く自然な気分のつづきで、
「こないだのお兄さんの話ね」
と云い出した。
「返事いそぐの?」
「そうでもないだろう」
「ひとりできめてしまったりしないでね」
「大丈夫だよ」
「お兄さん、この頃一生の方針[#「一生の方針」に傍点]がお得意だけれど、それにしろ、いろんな立てかたがあると思うのよ。そうでしょう? 臆面もなくえらくなったりするの、私、何だかいやなの、自分たちの姿としてみても。――お願いね」
峯子の云いかたは素朴だが、臆面なくえらくなるという巧まない表現のうちに、周囲の現実を直観しての或るものが語られているのであった。
底本:「宮本百合子全集 第五巻」新日本出版社
1979(昭和54)年12月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
親本:「宮本百合子全集 第五巻」河出書房
1951(昭和26)年5月発行
初出:「中央公論」
1939(昭和14)年11月号
入力:柴田卓治
校正:原田頌子
2002年4月22日作成
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