露台であった。
「お揃いで、すってんどう、なんていうのは御免だぜ」
引越して来た当座、外まわりからしらべた揚句、夏などは二人ともそこへ出て夜風にふかれながら、この三年の間には随分いろいろな夜を過した。
「あら、あの高い燈。消防でしょう? 見えるんじゃないかしら」
「こっちの燈が消してあるよ」
そしてまた二人は子供をもってからも峯子の職業をつづけてゆくかどうかという相談をつづけたりした。専門学校を出てから結婚しても、峯子は、或る雑誌社へつとめていたのであった。
二階を下りたところの四畳半で、峯子がホワイト・シャツのアイロンかけをやっていた。縁側よりに、同級だった琴子が照子をこっち向きに抱えて、その手元を眺めていた。
「この頃はやりの生めよ、ふやせよもいいけれど、私たちのところなんか、いろいろ影響が微妙で……ねえ」
一年半ばかり中支へ行っていた山崎は還って来てから、夫婦の間に子供のないのを頻りに苦にしはじめた。そして琴子を医者へやったり、注射させたりしているのだそうであった。
「山崎がそういう心持になったのは無理もないと思うのよ。だけれど、私がわるいばっかりでもないのに……困るわねえ」
「どうなの、この頃もやっぱり、もてるの?」
「還って来た当座みたいじゃなくなったらしいわ」
琴子は苦しいような片頬笑いで、
「でもね、山崎はああいう人のいいところがあるでしょう? だから私、どんなことがあったって、自分たちに出来た子供でなけりゃ育てるのいやだって、それだけは、もう、はっきり云ってあるの」
いくら云ってあったにしろ、それで安心というわけのものでないことは、きいている峯子にわかるより、もっとひしひしと琴子の胸に抉りつけられていることであろう。この友達の妻としての苦しみや不安が、様々の形をもって考えられた。そして、こんな一般的な夫婦の間のことにさえも、やはり時代の色はさしこんでいる。それを、峯子は同情した。
琴子は、熱っぽい調子で、
「照子ちゃん、照子ちゃん」
と、名を呼びながら、柔かないい匂いのする幼な児の髪の毛ごしに、照子の丸い頬っぺたへ自分の紅の濃い顔をさしよせた。
「照子ちゃん、あんたどうしてこの小母ちゃんのところへ生れて来てくれなかったのよ」
「それだけは仕方がないわ、ね照子、そうでしょう?」
それと一緒にひとりでに両手がのびて、こっち向きにつくんつく
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