えない中空の何処かに現れた月を思いがけずうつしていた。私は、永い間その月かげを見守った。月を中心に、文鳥や沈丁花が心を往来する。私は元読んだ短い詩の断片を思い出した。

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秋来見[#レ]月多[#二]帰思[#一]
自起開[#レ]籠放[#二]白※[#「閑+鳥」、第4水準2−94−42][#一]
[#ここで字下げ終わり]

 今は春だし、文鳥だし、連想はちぐはぐなようだが、私にとって或る切なものがあった。思い出。二年前、或る秋偶然この詩を読んだ。私は更に繰返して幾度もよみ、終に涙を流した。ああ「自ら起て籠を開いて白※[#「閑+鳥」、第4水準2−94−42]を放つ」白鷺[#「鷺」に「ママ」の注記]を放つ。この情。「秋来見月多帰思」境遇の上から実感に犇々《ひしひし》と迫るものがあったのだ。
 私は夜に向って戸を閉めた。
[#地付き]〔一九二五年五月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28
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