わしみたいなものではないですか」「私は敢て云います、もしわたしにたとえ少しでもとるべきいいところがあっても、決して彼等の訓練で出来たものではありません」
たいまつ[#「たいまつ」に傍点]のように目を輝かせ、亢奮している天錫をみて、淑貞の眼には、いつか清らかな涙が流れた。その涙をこぼすまいとして、淑貞は元の姿勢で、無理に微笑を浮べて天錫を見上げている。淑貞の感動は強烈である。けれども、彼女の分別は、やはりしずかで、もち前の落着きを失うことがない。「しかし、私からみますと、ひとの考えも皆わるくはないと思いますの。」「もしも冷静に考えて、心静かにこの刺戟を故国へもち帰り、我々を鼓舞して仕事をし、国際上の接触においてもよく光栄ある祖国のために働かせ、心の健全な人を作るべきではないでしょうか」
淑貞がニューイングランドへ来てから半年経った。外面から見た日常生活に大した変化はないのに、淑貞は何と変ったろう。C女史は「手を額に当てて、懺悔に似た心もちで呆然と窓の外を眺めた」淑貞の窈窕《ようちょう》たる体には活溌な霊魂が投げ入れられて、豊満になった肉体とともに、冗談を云う娘となって来た。
二十八
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