ねたと同じ箇処を、また繰返して、垣内に質問していたのである。
 それを知ると、もう正隆の頭は血迷った。自分が、どんな返答を与えたか、ということなどは、思おうともしないで拳を握った。
 何という奴だ!
 自分が、彼の教師でありながら、その自分を出し抜いて、こっそり陰へ廻って、こんな、青二才の垣内なんかに、さも、あんな教師は役に立たぬといったらしく阿諛《おべっか》を使う、誰に教った? 犬め!
 よろけるように、いきなり樹蔭から姿を現わした正隆は、もう一度、「間牒《いぬ》め!」と叫びながら、獣のような素早さで、園田の頭を目がけて突掛った。
 ポックリと、黒くて丸い少年の頭が、澄んだ中空に、何気なく浮上っているのさえ、正隆には、わざと空惚けて、やい! と云っているように見える。ジロリと憎々しく、その小さい頭に眼をくれた彼は、必死になって止めに入った垣内の力で、引分けられるまで少年の頭にしがみついた。野獣のような貪婪さで目を眩まされた正隆は、強い垣内の臂力に抱き竦められて、膏汗《あぶらあせ》を流しながら、身を震わせた。
 極度な亢奮で、僅かほかない精力を、最後の一溜まで失った彼は、顫えが納まると
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