な、贅沢な調度を見ると、さすがの正隆も、あれほどの亢奮と愛とで自分を送った母未亡人が、その黒幕の彼方の人物だとは思い得なかった。彼の揺籃の時から、細胞にまで浸み込んだ既定的な愛の信頼は、そこまで延びる彼の疑いを許さないのである。母未亡人でないと確定すれば、最も手近な処から、この探求を進めようとする正隆は、勢い、第二の嫌疑者として、長兄の正則を、牽《ひ》いて来なければならない。
 正則は、どうだろう、
 ここへ来ると、正隆は、蒼白い額を灰色にして腕を組んだ。自分に、今日の位置を紹介した当人として、若し疑えば、疑える場所に、長兄の姿は立っているのである。
 ここへ来させるという、第一の動機は、兄である彼が、作ってくれたものではないか、それ故、若し彼が、自分を陥入れようと計画したとすれば、もう、その最初の第一段から、呪うべき悪意が、親切らしい「兄」という人間の手に隠れて、前途に投じられたとも、云い得るのである。
 また、実際、親子ほど年の違う兄弟は、年齢の差以上に、母未亡人の偏愛によって、互の親密さを薄められていたのは、事実である。
 長兄が、もう一人前の青年になった頃、誕生した正隆は、連絡
前へ 次へ
全138ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング