さえしようとするのである。
然し、この計画が実行されるのは、容易なことではなかった。尚子夫人は、自然か故意か分らないながら、決して、彼と対座して長時間過すということはなかった。召使や子供達やにとり繞れた食事の時くらいほか、正隆が彼女に用事以外の口を利く場合はない。けれども、さすがの彼も、この機会を利用するほど無恥にはなりきれなかった。考えた末、正隆は、終にまだ十になるかならない子供達を仲介者として、彼女に、あれほど清楚に見える彼女に、醜い媒鳥を放つことにしたのである。
或る日、正隆は、自分の部屋へ遊びに来た総領の男の子を掴えて、何か非常に素晴らしい、面白いことのような暗示を含めて、下等な、大抵の家庭等には知られていないような意味の言葉を、彼の桜貝のような耳朶の中へ囁き込んだ。
小さい子供は、勿論好奇心を動かされずにはいない。何のことなの、何ということなのよ、と説明を求めて止まない。が、彼は、怪しげな微笑を唇に浮べて、ただ、
「おかあさまに聞いて御覧」
と云ったなり、芝生で小さい娘を笑わせている母夫人の懐へ放してやるのである。
無垢な少年が、どうして、彼の、彼のほか分らない計画を
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