前の癖を出して、正隆がどれほど不安な眼差しをしようが、憐みを乞うような溜息を吐こうが頓着なく、彼女の暗い、凄い解剖をしつづけて行ったのである。
「だから、お前、昔から、人を見たら泥棒と思えとさえ云っているじゃあないか。世の中へ出て御覧、ほんとに油断は大敵ですよ。お亡くなりになったお父様なんかも、まるで蜘蛛の巣見たような奸策許りには、どんなに御難儀なすったか分ったものじゃない。ね、正隆、私はお前さんの行末を案じるばかりに、こんな心配までしているのですよ。お分りだろう、だから、ね、何でも気を許さずに、怕《こわ》い人になっていなければいけませんよ。人間というものは妙なもんで、一度人に馬鹿にされたとなると、もう決して、二度と頭の上りっこがないのだからね、正隆――」
 そう云いながら、今まで確りしていた未亡人の声は、俄に顫《ふるえ》を帯びた。
「ほんとにね。どうぞ仕合わせになれますように。私だって、もうそういつまでも、お前の世話はして上げられないのだからね、しっかりしておくれ、私がいなくならないうちに、せめて足場だけでも拵えておくれ、たのみますよ」
 急に、仏壇の方へ振向いた未亡人は、最後の一句
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