ながら、わざと、仮装した動じなさで、皆の、その眼前に姿を持ち出すのである。
全く、これは決して、正隆一人の不幸ではなかった。彼の周囲に生活して、程度の差こそあれ、多少とも彼と関係を持つ総ての者が、彼の気分の免れ得ない影響を受けた。
陰気な、外の人間の裡にある快活さや、率直さを一目で射殺すような正隆の眼を見ると、一人として、元の明快な気持を保っていることが出来なくなる。
妙にこじれて、焦々しい気分が、電波のように、魂から魂へと伝って、等しく同様の苦汁を嘗めさせられずにはいないのである。
こんなにして正隆の存在が、今まで相当の円滑さで流動していた生活の、大きな暗礁になったのを心付いた人々が、暗黙の中に、彼の自決を諷刺したのは、寧ろ当然とさえいわるべきものなのである。
かなり敏感な正隆は、勿論この雰囲気の持つ意向《インテンション》を知らない筈はない。彼は、言葉よりも明に、それ等の効果ある暗示を読んでいたのである。けれども、読んでいたに拘らず、正隆は、自他の責道具である教壇から、身を退けようとはしなかった。決心をしないばかりか、彼には、その計画さえもなかった。計画させないものは、単に正隆の持前である優柔不断というよりは、寧ろ、ぐっと居直って、胡座《あぐら》を掻いたような一種の意固地が、彼を、恐ろしい搾木に縛りつけてしまったのである。
そして、その意固地を掻き立てたものは、内攻に内攻を重ねた、彼の不安や焦躁の凝り固りである。
時が経るに連れて、人と人との相対的な、複雑な、微妙な、流転する心の折衝に疲れ切った正隆は、極度の困憊から、終に、あらゆる不幸は、皆、何人かの憎くも企図して置いた、一種の悪計によって齎されたものであると、確信するようになってしまったのである。床柱も、畳も、程よく寂びた離座敷にポツネンと坐りながら、正隆は、よく、その見えない敵に向って呪咀を投げた。
第一、正隆にとっては、このことの起りからが、疑問になって来た。これほど、言葉の不自由な、封建的な地方へ、何故、何の予備智識も持たない自分が、投げ込まれたのだろう。困るのは、解りきったことではないか。
その困るのを見て、皆が内心では侮蔑しながら、軽視し、邪魔物扱いにしながら、表面だけは、どこまでも、親切そうな、好意を持った仲間らしく扮《よそお》っている。それのみか、普通、こんな状態になれば、当然、
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